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天皇執刀医 天野氏が語るこれからの医療

アジアとの医療の架け橋に

順天堂大学医学部附属順天堂医院院長

天野 篤

1955年埼玉県生まれ。83年日本大学医学部卒。
亀田総合病院、新東京病院、昭和大学横浜市北部病院などを経て、2002年7月から順天堂大心臓血管外科教授。
2016年4月より現職。
これまでに執刀した手術は7800例以上。
2012年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。

天皇陛下の執刀医として知られる天野 篤氏は、順天堂大学医学部附属順天堂医院の副院長を経て現在、院長としての役割を担いつつ、日々多くの心臓手術にも携わっている。トップマネジャーとしての仕事の流儀、今後の病院経営の方向性、国際医療協力のあり方、少子高齢化問題などについて率直に語っていただいた。

患者の安全を確保し、 満足度を高める

2002年に順天堂大学医学部の心臓血管外科教授に就任して以来、多忙な毎日を送っています。副院長時代、順天堂大で初期臨床研修医がいわゆる「大学離れ」を起こして集まらなくなった時に、研修内容の質向上や研修内容に対する研修医の満足度を高め、医師臨床研修マッチングで「フルマッチ」を達成しました。近い将来、その成果として順天堂大が“名門研修病院”として評価される日が来るものと思います。副院長を2年務めた後2016年4月から院長に就任しました。院長職とともに心臓手術も続けていきたいと考えました。自分が外科医である証明と、患者や後進育成のためでもあります。会議や書類の決裁などは朝や夕方に片付け、昼間は手術に没頭する時間に当てています。

院長としては、約20年かけて低迷していた順天堂大学を建て直した小川理事長の方針に則って、職員が働きがいのある職場環境を整え、職員全体が同一方向を向いて進めるよう努力しています。また、患者の安心・安全を確保し、患者の満足度を高められれば、と考えています。医療事故や事故につながる危険のある事例は、グレードに応じて、毎月の医療安全管理委員会で再発防止を検討しています。重大事故に対しては、24時間365日対応の報告窓口を設け、事例調査委員会を随時開催しています。待ち時間を含む患者からのクレームはずいぶん減ってきました。3年前に国際基準の医療の質を満たし、患者の安全に関する改善に継続的かつ先進的に取り組んでいる証としてJCI(Joint Commission International)資格を取得しました。この認定を機に、高度ながん治療・先端医療から防災まで幅広い拠点病院として、アジアを牽引する医療機関を目指しています。以前は夜間救急でベッドが空いているにもかかわらず、「明日の予約がある」との理由で救急患者の受け入れを断っていましたが、救急優先の考え方を浸透させ、今では救急応需率が高い医療機関として評価されています。

※リンク
順天堂大学医学部附属順天堂医院 JCI(Joint Commission International)認証取得について

インバウンドには 交通インフラ整備も

現在、多くの大学病院が赤字経営で苦しんでいます。少子高齢化が進む我が国では、医療費抑制のため様々な政策が打ち出されていますが、患者が増えるのに医療費の総額が抑制されれば、医療機関の利幅は薄くなり、経営が圧迫されます。その解決策の1つとしては、大学病院の余力を活用して、東南アジアなど海外の患者を受け入れることが考えられます。日本の医療は、海外から見て➀医療技術が高い➁医療機器の質が良い➂病院の衛生環境が良いなど評価が高いのです。海外の患者の場合、健診も治療も自由診療であり、診療費は日本人の約3倍の金額となります。例えば1000床の1割を海外の患者に振り分けると、病院としては300床分の医療収入が増えるわけです。

以前、ベトナムのVIPの心臓手術を執刀したことがきっかけで、ベトナムの医療との関わりができました。現在、ベトナムの医療は一通り行われていますが、大病院で一部の先端技術を模倣しているだけで、一般的な診断や治療の技術は高くなく、日本の40年前に近いのです。そのため、VIPや富裕層は医療水準が高いシンガポールなどへ出向き最新治療を受けています。日本からベトナムまでの飛行時間は約5時間半ですが、それをジェットのスピードをアップさせ4時間半にすればその利便性により日本への患者が増えると思います。インバウンドは交通インフラの整備も同時に考えなければなりません。

医師が海外に出向き技術協力

また、それと同時にこれからはベトナムなど東南アジアの医療後進国に日本の医師やコ・メディカルが出向いて行う医療技術協力を積極的に行っていくべきではないでしょうか。ベトナムは医療体制を整え、診療経験を積み重ねながら、将来的には国内で全ての診療を完結させたいと考えています。日本のODAなどの政府開発援助で医療機器は導入されていますが、数、質、機器を扱える人材も不足しています。そのため、ベトナムでは日本に対して物的支援のみならず人的支援も期待しています。あくまで私見ですが、例えば、心臓病の領域では高齢者の増加に伴って増える大動脈弁狭窄症の治療法としてTAVI(経カテーテル大動脈弁植え込み術)がありますが、そのような高度の医療を低価格でアジアの医療後進国に提供し、日本人医師が施術指導に当ることによって医療の裾野を広げることも意味のあることです。そこで蓄積された多くの症例から得られるエビデンスは日本人患者の治療に活かされます。このようなことから、日本からアジアへの“医療輸出”は大きな可能性を秘めているといえます。

ITやAIを最大限に活用

少子高齢化問題は喫緊の課題とされますが、特に少子化対策については、高い意識を持って取り組むべきです。2017年現在(概算値)の15歳未満の子供は1571万人で全人口の12.4%を占め、1975年から43年連続の低下となる見込みといいます。少子化を解決する手段としては2つ考えられます。1つは子供を産みやすい環境を整えて出生数を増やすことです。保育施設の整備、子育てと仕事が両立できる職場環境、育児休暇や育児時間など働きながら子育てするための制度の充実などが挙げられます。もう1つは、教育、文化、その中でも特に公衆衛生文化を共有できるような人たちをこちらから出向いて日本的な生活を浸透させながら受け入れることです。単なる労働力ではなく、保険、年金なども含めて日本人と平等に扱うべきでしょう。一方、高齢化で医療・介護費は膨らみ、日本は先進国で厳しい財政状況にあります。そんななかで健康寿命を伸ばし、医療・介護費を抑える対策が急務であり、その鍵を握るのがIT(情報技術)とAI(人工知能)だと思います。これらを最大限に活用し、医療・介護の抜本的改革につなげて欲しいと願っています。