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アソース タイムズ

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特 集

虎の門病院医療安全部部長

越後純子

1993年 筑波大学医学専門学群卒業
2007年 桐蔭横浜大学法科大学院卒業
2010年 弁護士登録、金沢大学附属病院特任准教授
2015年より現職

医療安全対策を考える

病院情報システムの 複雑化が生み出す落とし穴

主治医によるCTなどの検査結果の見落としや、放射線診断医とのコミュニケーション不足で、がん患者が適切な治療を受けられず手遅れになった事例が相次いでいる。その背景には病院情報システムの複雑化があるとされ、対策が求められている。医師と弁護士のダブルライセンスを持つ虎の門病院医療安全部部長(医療の質・安全対策室長)の越後純子氏に昨今の病院における医療安全事故の傾向とその対策のポイントなどについて聞いた。

医療安全対策を考える 病院情報システムの 複雑化が生み出す落とし穴

システムの進歩に追いつかぬ情報共有

1999年に病院で患者を取り違えて手術するという事故が発覚して大問題となった。その当時は麻酔前投与が行われていたが、最近は、患者を目覚めた状態で歩いて手術室に入室させるケースが多く、本人へのフルネームの確認や入院時に患者に氏名やバーコード(ID情報)などが記載されているリストバンドを装着させ、本人確認するなどの誤認対策が取られており、そのようなミスは顕著に減少している。また、検体を取り違えて誤った診断を下すなどのミスも以前みられたが、自動認識システムの導入による照合確認で減少したとみられる。

越後氏によると、最近の医療事故の傾向は、病院の情報システムが複雑化したことも影響しているという。いわゆる病院の画像診断でがんの疑いを指摘する報告書を主治医が見落としたりするケースなどがこれに当たる。日本医療機能評価機構は確認不足による見落としが15〜18年に37件あったとして今年5月に全国の病院に注意を促した。

「紙カルテであれば、検査結果データあるいは画像診断報告書がファイルに挟んで保管されるため、見逃がされるケースは少なかったが、一連の見逃し事例には電子カルテなどの普及が大きく影響している」と越後氏は指摘する。

CT検査の流れとしては、まず主治医が検査オーダーを出し、放射線診断医が検査を行い、画像を作成し診断報告書を作成する。数百枚の画像を読み込み、報告書をまとめるため、その提出は検査翌日以降に持ち越される。一方で、電子カルテでは、撮影された画像自体はすぐに主治医の端末に届くため、主治医は報告書が届く前に画像だけをみて診断する場合が少なくない。主治医は自分の専門分野だけに注目し、周辺の臓器には注意を払わない傾向がある。そして、その後届いた報告書の確認を行わないケースがあり、その結果、がんの見落としが発生するという。

こうしたミスを起こさないためには、越後氏は「主治医が画像診断報告書を確認しているかどうかチェックする仕組みを電子カルテ上で作ることが望ましい」としている。ただし、システムのベンダーが異なる等、複雑に入り組んでおり、カスタマイズする部分が多くなると、経費が膨らむ割に、必ずしも有効には機能していない現状がある。

一方で、画像を診断する放射線診断専門医が不足しているという現状も問題を複雑化させている。大規模病院でも常勤の放射線科の専門医は数人というケースが少なくないにも関わらず、画像診断へのニーズは高まり、年々仕事量は増えている。例えば、CTの撮影枚数は、1件で数百枚となる場合もあり、1日に数千から万の単位の画像を見なくてはならない。「全ての画像を完全にチェックすることは至難の技で、人工知能が発達すれば読影の負担は軽減する可能性があるものの現状において、最終的な判断は医師が責任を持ってしなければならない状況には変わりはなく、精度管理は難しくなっている」(越後氏)としている。

インセンティブをつけることで医療安全の標準化が進む

大学病院で患者が亡くなる重大な医療事故が発生したことを重視し、国も病院の安全対策に取り組んでいる。すなわち、特定機能病院やがん診療連携拠点病院などの承認要件の見直しである。

特定機能病院の承認要件見直しは、「医療安全管理責任者の配置」や「事故などの報告の義務化」、「高難度新規医療技術などの導入プロセスの明確化」などで2016年から適用されている。さらに、整えた組織体制にガバナンスを強めることを狙い、病院長の選任方法と権限の明確化、多職種が参画して病院運営について審議する会議の設置などを義務付けることにしている。

また、がん診療連携拠点病院の2019年以降の指定要件として「医療安全管理部門」の設置を義務付ける。新たに設置を求める医療安全管理部門には、常勤の医師、薬剤師、看護師の配置が必要となる。

一方で、2018年の診療報酬改定では、「医療安全対策加算」に上乗せ加算として「医療安全対策地域連携加算1」(50点)と「医療安全対策地域連携加算2」(20点)が新設された(図)。特定機能病院以外の医療機関が対象で専任医師の配置が必要となるが、複数の医療機関が連携し、少なくとも年1回以上相互に「医療安全対策に関する評価を行う」こととなっている。

越後氏は「インセンティブをつけることは重要で、日本の医療安全の標準化が進むことに繋がるだろう」と評価をする。


出典:平成30年度診療報酬改定(厚生労働省)より

医療技術面での安全向上への取り組みも必要

では、病院の安全対策はどのように進めていったらよいのだろうか。一般に病院職員を対象とした教育研修、医療安全のためのマニュアル運用の徹底などが行われているが、越後氏は「大きな病院だと毎年1割程度人員が入れ替わるが、移動してきた人を現行ルールに乗せるためのハードルは高い。また、医療安全の意識に職員間で温度差がある場合が少なくない」と課題を挙げる。

望ましいのは、病院長のリーダーシップのもと、全職員が一丸となり、医療安全の意識を高めることだという。そのためには明確な目標を掲げることが効果的で、病院と職員が一丸となって医療安全に取り組む土台となりうる。

医療安全対策については、システム上の対策のほかに、医療技術面での安全向上への取り組みも必要とされる。越後氏は、「いろいろなシミュレーションモデルを利用して、研修医やコメディカルなどを対象に各種技能トレーニングやシミュレーショントレーニングの機会を作ることが望まれる」と指摘する。全国で34病院を運営する国家公務員共済組合連合会では、医療の質と安全の向上を目的にシミュレーションラボセンターを虎の門病院分院(神奈川県・川崎市)に設立している。

同センターでは、常駐するラボマネジャーが中心となって研修指導者として新人の研修医や看護師、コメディカルスタッフに対する標準化された初歩的医療技術のシミュレーターによる様々な研修を行うほか、すべての医療従事者への危険性の回避のための救命蘇生法研修や新しい技術の研修を行う。さらに指導者やリスクマネジャーの研修も行っている。

シミュレーションによる研修内容は、一次救急処置、AED、二次救急処置、気道管理・気管挿管、呼吸・循環トレーニング、静脈注射・採血、CVカテーテル挿入法、縫合・消毒法・包帯法、心電図検査、超音波検査、腰椎穿刺、腹部内視鏡トレーニングBOXなど広範囲の実地トレーニングが可能となっている。

越後氏は事故の予防から発生時の対応、その後の係争までシームスにカバーし、病院で抱えている訴訟に関しても代理人として対応している。医療訴訟は2000年代前半には、1,100件超まで増加したが、その後漸減し、2008年以降年間800件程度が提起され、横ばい傾向であり、「全体として医療安全の取り組みがなされ、単純ミスの案件が減っていることも背景にあるかもしれない」と話している。