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特 集

医療分野で活躍するVR

VR(仮想現実)のテクノロジーは、ゲームやエンタメ分野のイメージが強いが、医療向けも、活用領域とクオリティの両面において進歩し、手術のシミュレーション・ナビゲーションのほか、患者の疼痛やPTSD(外傷後ストレス障害)など不安の軽減などにも活用されている。

患者の3D画像を手術スタッフが共有しながら手術

VRは、ヒトの感覚器官を刺激し、コンピュータによる仮想空間を現実のように感じさせる技術で、医療分野では、トレーニングシステムの応用により現実の手術に近い感覚を得ることが可能だ。VRシミュレーションを用いた訓練では、反復練習が可能であるほか、習得技能の評価や希少症例、危険のある手技の体験などによる効果的な手技の習得が期待できる。高精細なVR映像で手術シミュレーションを行うことで、時間、場所の制限がなく手技の訓練が可能となる。仮想空間で多くの経験を積むことで、実際の手術に自信を持って臨むことができることもメリットとして挙げられる。

英国のMedical Realitiesは、外科トレーニング用VRを開発した。これまで手術室内で間近に手術を見学できるのは数名に限られていたが、このVRを利用すれば手術室外で多くの研修医が術者の横で手術を見ているような体験が可能となる。

手術室の周りにさまざまな角度で多数のカメラを設置して360度の視野を作り出すことで、研修医はVRヘッドセットを身に着けて、手術環境に没入する。また、このVRでは解剖学的な画像も仮想環境で参照できる。映像は専用のアプリを利用することで、VRヘッドセットを持っていれば誰でもVR操作にアクセスできる。

ジョンソン・エンド・ジョンソンが開発した心房細動に対するカテーテルアブレーションの研修VRは、カテーテルアブレーションに習熟した専門医が実際に行った手技の模様を、高精度360度カメラで撮影した動画が収録されている(写真1)。ヘッドマウントディスプレーを装着するだけでカテーテルアブレーションに精通した術者と同じ視点で手術を体験することができる。執刀した専門医による解説も収められており、研修者は手術現場に立ち会わなくても効果的な学習が可能となる。

また、MR(複合現実)を活用した手術ナビケーションの開発も進められている。MRは、コンピュータグラフィックスなどで人工的に作られた仮想世界と現実世界の情報を組み合わせて、現実世界と仮想世界を融合させ、互いがリアルタイムで影響し合う世界を実現する技術である。これまでの手術はCTスキャンなどによる画像を医師が頭の中で3D化し執刀を行うなど経験や勘に頼るものであった。ホロアイズでは、患者のCTやMRIの診断画像から作成した3D画像を現実の視野に重ねて表示し、眼前に浮かびあがった患者の3Dモデルの臓器や血管を自在に操り観察できるようにした。そうすることで、奥に隠れている血管などを見つけ、メスを入れる箇所をより正確に確認し、切開後も手術をスムーズに進めていくことができる(写真2)。このシステムのニーズは、整形外科、脳外科、頭頸部外科、消化器外科(肝臓・膵臓)、胸部外科(肺)、婦人科などがある。とりわけ、脊椎手術や人工関節の置換など、体内にインプラントを埋め込む手術やロボット支援手術などのシミュレーションにも需要があるという。こうした3D画像は、手術スタッフ同士でリアルタイムに共有できるほか、術前には、手術計画の立案やカンファレンスの症例検討にも使える。患者や家族に立体で説明することで、疾患の理解を深められる利点もある。

PTSDの治療法としても有用

英国のOxford Medical Simulationは、糖尿病治療に関するトレーニング用VRを開発した。この開発には、英国の国民保険サービス(NHS)の糖尿病チームも関わっている。このトレーニング内容は、糖尿病患者の緊急事態に対応するもので、専門家が監修した100通りの緊急事態シナリオが用意されている。現在、ポーツマスとサウサンプトン病院で50人の医師がこのトレーニングを受けているという。このパイロットスタディがうまくいけば、英国全体に拡充する予定だ。

VRを用いた幻肢痛の新しい治療法も注目されている。幻肢痛の作用機序はまだ完全に解明されていないが、脳からの指令に対して事実とのギャップが生まれることによる痛みであるといわれている。この治療法として生まれたVRは、患者の健康な方の手足を撮影、左右反転して投影することで、失ったはずの手足を動かすという疑似体験をすることで、脳内のギャップがなくなり、痛みが和らぐと見られている。また、ARを利用した治療実験も行われ、成果を挙げている。スウェーデンの研究グループが行なっているもので、画像上で切断手術を受けた人の仮想腕を残っている腕の先に重ね、ユーザーが動きを考えると、仮想腕が動くという仕組みだ。患者は、仮想腕を使ってレーシングゲームなどをする。その結果、他の治療法で効果がなかった被験者14人の痛みが半減したという。

VRをPTSDや恐怖症、不安障害といったメンタルヘルス関連の治療に応用しようとする試みも行われている。従来の治療法は、曝露療法といってあえて患者が恐怖を抱いている物や状況に直面させることで、過剰反応を緩和するものである。患者にとってはつらい治療法だが、セラピストの指示のもと、安全な環境で、恐怖を避けるのではなく克服させるのが目的。疑似体験はシチュエーション設定が難しく、すべての患者が回想を得意としているわけでもない。

一方、VRを使えば、高度な視覚シミュレーションを体験でき、患者は徐々にトラウマの原因に慣れていくことで、感情的な記憶に向き合い、乗り越えられる可能性が高いと考えられている。米国では、アフガニスタンやイラク戦争に従事した兵士の体験談をもとにしたVR コンテンツを使って、PTSD になった兵士の治療を行うという実験が行われ、一定の効果が認められている。高所恐怖症や先端恐怖症の患者にもVRを用いた治療が試みられているという。

写真1.実際の手術室を再現する形で体感することができる医療研修VR
写真提供: ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社

写真2. MRによって浮かび上がった患者本人の肝臓3Dモデルを外科医同士が空中で共有しながら行う手術風景
写真提供:杉本真樹氏(Holoeyes株式会社COO、帝京大学沖永総合研究所イノベーションラボ特任教授)