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連 載

執筆
弁護士・医師 渥美坂井法律事務所所属
メディアスホールディングス(株)社外取締役(監査等委員)

越後 純子

筑波大学医学専門学群卒業。同大学大学院医学研究科、桐蔭横浜大学法科大学院修了。2010年に弁護士登録し、同年より金沢大学附属病院で院内弁護士としての活動を開始。2015年より虎の門病院に勤務。2022年1月より渥美坂井法律事務所に所属。メディアスホールディングス㈱社外取締役。

「医療者が知っておきたい法律・法令知識」

裁判から見える医療現場のインフォームドコンセント

(前編)

 本号では裁判で医療現場のインフォームドコンセントがどのように見えているのか、今までの経験で日頃から感じていることをご紹介します。前編では、なぜ裁判において患者が十分な説明を聞いていないと主張するケースがあるのか考えてみたいと思います。

裁判から見える医療現場のインフォームドコンセント(前編)

説明なき内容は同意書があっても意味を成さない

 「インフォームドコンセント」という用語は、もともと米国の判例を通じて形成されてきた概念で、日本の裁判では使われておらず、対応する法律用語として「説明義務」という用語が使われています。用語の沿革については『医の倫理の基礎知識 2018年版』で詳細が説明されています1。

 私は、法律を学び始めた時に「説明義務」という用語から習ったのですが、少なくともそれまで自分が医学教育を受けてきた中ではその用語を聞いたことがなく、違和感を覚えました。学んでいくうちに、医業現場では「インフォームドコンセント」として扱われている内容であることが分かりました。法的な取扱いとしては、一般論だけでなく、当該患者が意思決定するために必要な情報を説明する義務という位置づけです。義務なので、裁判官はマストと捉えます。そして、私は現在に至るまで、同じ事象に対する用語の違いは、両者がそれぞれ重視しているポイントを端的に顕しているということと、このずれが紛争化の一つの要因だと考えています。

 ご異論をお持ちの方はいらっしゃることを承知の上で、理解のために非常に単純化すると、医療現場では「コンセント」、すなわち同意の取得、もっと端的に言うと同意書への署名が重視されていますが、裁判では「説明」により主眼を置いているということです。当然ですが、同意書にサインをいただくことは重要です。しかし、法的に有効な同意は、説明された内容に対する同意であるため、説明に含まれていない内容には同意したとは言えません。多くの場合、治療が予定通り上手くいくので、説明の詳細が法的に問題になることはありません。しかし、期せずして悪い結果が発生し、法的な問題に発展した場合、説明していない内容については、同意書があったとしても意味を成さないものになってしまいます。

 逆に言えば、署名した書面がなくても、説明内容とそれに対する同意が録音されているだけで、十分に同意の証明になります。医療現場では、たくさんの説明とそれに対する同意の取得が必要とされるため、定型的に書面化した方が漏れが少なくなり、効率的です。これを否定するわけではないですが、書面そのものの存在が大事という誤解があるように感じています。
裁判で説明義務が争われる場合によくあるパターンとして、患者が事前説明を受けていない悪い結果が発生すると、患者は説明を受けていたらこの治療は受けなかったと主張し、説明文書や同意書を確認しても、実際に発生した内容に合致する不利益は記載されていないことが圧倒的です。これに対して、医師は説明したと主張し、両者の主張が食い違うというものです。

患者が理解できない説明は不十分

 例えば、侵襲的治療で有害事象が発生し、低酸素脳症のような重大な後遺症が発生した事案で、説明したと主張する医師が示す説明文書を見ると、合併症の当該部分の説明として、『神経学的障害』と一言で簡単に記載されているようなことがよくあります。

 この説明文書を読み上げて説明を受けただけの場合に、低酸素脳症で意識が戻らず、寝たきりになってしまう可能性があるという説明を受けたと裁判で答える患者はどのくらいいるでしょうか。一般に、人間は理解できないことは記憶に残りにくいことは皆様の経験上も明らかだと思います。ここで、裁判官はインテリ層の一般人代表と考えていただくと良いと思いますが、裁判官が説明文書を見て理解できなければ、説明として不十分だとの判断に傾きがちです。医療に限らず、専門家が非専門家に理解ができない専門用語を並べて説明したとしても、説明義務を果たしたとは言えないと考えるのが、現在の裁判実務です。

 しかし、医療においては相手が理解できないから病気を放置してもいいというわけにはいきませんので、簡単にルール化できる話ではありません。実際、説明しなかったと患者から糾弾される医師の多くは、あまり重篤な合併症を強調すると患者が治療を怖がってしまい、せっかくの治療機会を逸してしまうことや、自身あるいは施設として、当該治療において問題になっている合併症は経験したことがないため、あえて患者の意思決定に消極的に作用する説明をする必要はないと考えていたと答えます。
 
 この説明で、裁判官が免責してくれるかというと、残念ながら答えはNoです。後編では、重篤な合併症が発生した事案で、裁判官が求める説明内容の判断要素について、解説します。

1 医の倫理の基礎知識 2018年版 【医師と患者】B-2.インフォームド・コンセントの誕生と成長
https://www.med.or.jp/doctor/rinri/i_rinri/b02.html

執筆 弁護士・医師 渥美坂井法律事務所所属  越後 純子

執筆
弁護士・医師 渥美坂井法律事務所所属
メディアスホールディングス(株)社外取締役(監査等委員)

越後 純子

筑波大学医学専門学群卒業。同大学大学院医学研究科、桐蔭横浜大学法科大学院修了。2010年に弁護士登録し、同年より金沢大学附属病院で院内弁護士としての活動を開始。2015年より虎の門病院に勤務。2022年1月より渥美坂井法律事務所に所属。メディアスホールディングス㈱社外取締役。

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