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連 載

執筆
弁護士・医師 渥美坂井法律事務所所属
メディアスホールディングス(株)社外取締役(監査等委員)

越後 純子

筑波大学医学専門学群卒業。同大学大学院医学研究科、桐蔭横浜大学法科大学院修了。2010年に弁護士登録し、同年より金沢大学附属病院で院内弁護士としての活動を開始。2015年より虎の門病院に勤務。2022年1月より渥美坂井法律事務所に所属。メディアスホールディングス㈱社外取締役。

「医療者が知っておきたい法律・法令知識」

裁判から見える医療現場のインフォームドコンセント

(後編)

 このコーナーでは、ダブルライセンスの元院内弁護士が、医療現場で役立ちそうな、法律や倫理的なトピックをご紹介します。

 少しでも医療に携わられている方々のお役に立つように、全11回、約2年半にわたり、医療現場で問題になる内容を解説してきたこの連載も、今回をもって終了となります。過去の記事もメディアスホールディングスHPにバックナンバーとして掲載されていますので、これまでの発信が皆様のお力になれば幸いです。ご愛読いただきありがとうございました。

 前回は、なぜ患者から裁判で適切な説明をされていないと主張されるのかについて、説明しました。後編では、裁判で求められる説明義務の背景にある価値観から導かれる判断要素について解説していきます。

裁判から見える医療現場のインフォームドコンセント(後編)

裁判で重要視される点は
事前説明が治療選択を変えたかどうか

 前回、医師が重篤な合併症の説明についてあまり積極的になれない理由として、①重篤な合併症を強調すると患者が治療を怖がってしまって、せっかくの治療機会を逸してしまう可能性があること、②自身あるいは施設において、当該治療で問題になっている合併症は経験したことがないため、という2つの理由について説明しました。後者は、頻度が低いということに置き換えられるかもしれません。

 頻度については、発生する可能性の低い事象も含めて全て事前に説明し、同意を取得しなければ侵襲的医療行為を行えない場合、医療は成立しません。そもそも、説明がなかったという主張は、結果が発生してからの後出しじゃんけん的な主張でもあり、いわゆる“たられば”の話になってしまうので、無制限に許容されるというものでもありません。

 裁判所は、個々の事案の判断しか示さないので、明確な統一的基準で、これさえ説明していれば問題ないという基準を示しているわけではありません。個々の事案で一番重要視されるのは、その説明を事前に聞いていたら治療を受けるか否かの判断が異なっていたか、という点です。そこで重要になってくるのが、その治療を実施しなければどうなるのか、ということです。
 
 例えば、心筋梗塞の治療で、一分一秒を争う状況で、きわめて細かい部分まで説明し、手遅れになってしまうと合理的ではありません。そもそも、治療を受けないという選択肢は、よほど特殊な事情がない限り取り得ません。したがって、危険性の説明を聞いたとしても、諾否の意思決定に影響はないと言えます。そして、多少その説明が不十分であったとしても、裁判で説明義務違反と認定される可能性は低いと言えます。

 他方、脳の未破裂脳動脈瘤のように、一定のリスクはあっても、今すぐに治療しなければ生命に関わるという状況でない場合、治療の危険性や、治療を実施しない場合の危険性(経過観察という選択肢)、代替的治療法について、本人が治療法を選択するための十分な情報提供が求められます。例えば、過去の裁判例で、手術直前のカンファレンスで予定されていた開頭手術のリスクが指摘され、コイル塞栓術に変更されたにも関わらず、治療中に動脈瘤が破裂し、頭蓋内に大量出血を来して広範囲の脳梗塞が発生し、数か月後に死亡した事例があります。この事例では、術前評価の変更を踏まえ、再度治療の必要性も含めた熟慮の機会を与えるべきであったとの判断がなされました。これが歯科のインプラントや美容医療といった審美的な治療になると、よりリスクやデメリットについての詳細な説明が求められる傾向があります。

医療者も患者の立場であれば
説明を求めると回答

 10年以上前ですが、私が医療者を対象に行った手術の説明に関するアンケート調査では、リスクや合併症等の一般的な説明項目について、自らが患者になった場合に説明してほしい内容と、説明者の立場で重視する内容について調査しました。その結果、『実施しない場合の危険性(経過観察という選択肢)』について有意差がありました。自分が患者の立場であれば聞きたいとの回答が多かったのに対し、説明者の立場においては重視しないという興味深い結果となりました。まさに、今やるかやらないかを決する重要な要素であり、自分は聞きたいのに、相手への説明においては重視しないという大いに矛盾を感じる結果です。特にそれが冒頭に示したような重篤な合併症が予測されるのであれば、なおさらだと思います。
 
 理由については独断に基づく推測ですが、手術リスクや合併症といった項目に有意差はなく、都合の悪いことを隠そうという意図でもなさそうです。医療者として、患者は病院に来ている以上、積極的に治療を希望しているという潜在意識があるのかもしれません。同じレベルで語れる例ではありませんが飲食店に来た客に、食べるかどうかを尋ねることはせず、何を注文するかのみ聞くのと同じような感覚なのでしょうか。まして、うちは洋食店で隣に和食店もありますが、洋食で良いのですか、などと代替を尋ねることも普通はありません。

患者の個別事情に配慮した
情報提供が求められる

 近年、特定機能病院の承認要件や病院機能の第三者評価等において、説明文書の整備や説明プロセスの充実が求められています。インフォームドコンセントについては、医療者の立場や思いだけでなく、客観的な評価が行われ、患者の意思決定に資する説明が行われるように進化してきています。つまり、裁判だけでなく日常診療においても求められる水準が上がっており、患者の個別事情に配慮した情報提供ができれば、裁判においても説明義務に関する紛争が減少すると期待されます。他方、このような流れに乗り遅れてしまうと、事故が発生した場合に他に見劣りする結果となり、責任を問われる結果に傾きがちです。最新動向を踏まえつつキャッチアップしていくことが重要です。

執筆 弁護士・医師 渥美坂井法律事務所所属  越後 純子

執筆
弁護士・医師 渥美坂井法律事務所所属
メディアスホールディングス(株)社外取締役(監査等委員)

越後 純子

筑波大学医学専門学群卒業。同大学大学院医学研究科、桐蔭横浜大学法科大学院修了。2010年に弁護士登録し、同年より金沢大学附属病院で院内弁護士としての活動を開始。2015年より虎の門病院に勤務。2022年1月より渥美坂井法律事務所に所属。メディアスホールディングス㈱社外取締役。

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